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2006年11月14日 (火)

『いじめ』と『親の責任』について②

前回にも『いじめ自殺』の記事を書いた。
そのときにオイラは、“子供を絶望から救うのは親の仕事だ”と書いた。
学校に責任がないと言わないが、学校ではいじめ問題は解決できないのだ!
唯一学校にできる事は過剰ないじめを監視すること。 それだけなのだ!

誰だって、いじめる側いじめられる側の経験はあるだろう。
つまりは誰でも被害者にも加害者にもなるのだ。 両方を同時に経験する人もいる。
そしてそのほとんどが隠される。
何も問題はないのだ!

問題なのは、過剰ないじめを学校や担任の先生が発見できずにいることだ!
発見できても解決する術を知らない。
それなら親の責任で子供をいじめから逃がしてあげる。 それが親の仕事だろう。
それなのに学校に行かせることが子供のためになると親は信じて疑わない。
それが間違っているのだよ。
逃げ道が学校にも家庭にもないから自ら命を捨ててしまうのだ。

いじめ自殺を学校の責任にしてしまう親には、オイラは“ちょっと違うだろう”と思ってしまう。 校長や教委がテレビカメラの前で雁首揃って下げてる姿を見ていると“そんなもんに価値はないだろう”と思ってしまう。
人の命の価値と同等なモノなどない。 まして学校に行くことに今やそれほどの価値などないのだ!
それなら学校を捨てればいいのだ! 一時的な非難でもいい!
それが世の常識から外れることなら、親はその共犯になれ! いつでも親はその仕事の準備をしていなければいけないのだ!

いじめを無くす? そんなナンセンスな議論はやめてくれ!

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