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2006年11月19日 (日)

教育基本法の『愛国心』について

教育基本法改正案が衆議院を通過した。
教育の憲法が野党不在のまま強行採決された。

改正基本法の注目の論点は、『愛国心』条項についてだ。
その“愛国心”とは何か?

政府案の定義では『伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う』と規定している。

定義された“愛国心”を学校教育で教え、安倍首相によれば、愛国心を学習する態度を評価することになるようだ。

”と言いながら態度を評価する、とは何かオイラは矛盾を感じる。
小泉前首相は『心の問題は他人がどうこう言える問題ではない』と言って靖国へ行った。
オイラも“心”はそういうモノだと思う。

ちなみに民主党案は『養う』ではなくて『涵養する』だ。
“かん養する”とは『自然に地面に水がじんわりと染みにじむ』とネクスト・キャビネットの文科相が説明していたが・・・
こんなのは言葉の遊びじゃないか!
民主党はいったい何をやっているのか・・・


教育基本法の改正は安倍首相にとって最重要法案に位置付けられた。
60年経った基本法を現代にあった教育憲法にする。
それは分かるが、『愛国心』という言葉が現代に即した言葉とは到底思えない。
もっと別な言葉はなかったのか。

“愛”と“国”と“心”の3つの漢字がくっつくと、どうしても戦時中の言葉に思えてならない。
オイラがイメージする愛国心という言葉とは、
国のために自分の命を捧げられる。あるいは、国のために自分の財産を投げ売れる。
これはパトリオティズムのことだ。
パトリオティズムを養うためには敵国が想定され、常に緊張感が漂っている状態で、まさに平和とは対峙する関係の言葉だ。
だからオイラは『愛国心』という言葉を見たり聞いたりすると拒否反応が起こる。
定義を決められたって、イメージが優先されてしまう。

“愛”とは自己犠牲を意味する。見返りを求めない。
だから『我が国と郷土を愛する』の愛は“愛着”であって、“愛する”ではない。
100歩譲って“愛国心”とその言葉の定義を認めるにしても、『態度を養う』だけは認められない。
『態度』ではなく、“心の片隅に秘める”なのだ。 秘めるのだから評価はできない。
『養う』のは態度ではなく、“まごころ”なのだ。

つまり21世紀型『愛国心』とは、秘められた真心のことなのだ。
オイラはそう思いたい。

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